「この集計、毎月2時間かけて手作業でやっている」「関数を使えばもっと速いのは分かるが、書き方が分からない」「マクロを組めば一発なのに、社内に書ける人がいない」——多くの職場に、こうした未着手のまま放置されている作業があります。
Excelは、ほとんどの企業で日常的に使われているにもかかわらず、その機能の大半は活用されていません。理由は明確で、関数やマクロを学ぶ時間とハードルが高いからです。「VLOOKUPは使えるがXLOOKUPは知らない」「マクロは触ったことがない」という状態が一般的です。
しかし生成AIの登場によって、この構図は変わりました。やりたいことを日本語で説明すれば、関数式もマクロも書いてもらえるようになったからです。本記事では、Excelが苦手な人でも業務を自動化できる、生成AIの実践的な活用方法を解説します。
Excel作業が「手作業」のまま残る理由
学習コストが高すぎた
従来、Excelを使いこなすには次のプロセスが必要でした。
- 目的に合う関数が存在することを知る
- その関数の名前を知る
- 引数の書き方を調べる
- エラーが出たら原因を調べる
つまり「知らない機能は探せない」という構造的な問題がありました。手作業なら確実に終わるため、学ぶより手を動かすほうが早い——という判断は合理的だったのです。
生成AIが変えたこと
生成AIに対しては、機能の名前を知らなくても「やりたいこと」を説明するだけで答えが得られます。
- 「A列の日付から曜日を出したい」→ 適切な関数式が提示される
- 「重複している行を削除したい」→ 手順または数式が提示される
- 「複数のシートを1つにまとめたい」→ マクロのコードが提示される
これは、Excelの学習ハードルを大きく下げる変化です。
削減余地の大きい作業
次のような作業は、AIの支援で自動化できる可能性が高い領域です。
| 作業 | よくある手作業 | 自動化の方向性 |
|---|---|---|
| 転記・突合 | 2つの表を目視で照合 | 関数(XLOOKUP等)で自動照合 |
| 集計 | 手作業でフィルタし合計 | ピボットテーブル・集計関数 |
| 表記の統一 | 1件ずつ修正 | 置換・関数による整形 |
| 帳票作成 | 毎月同じ形式を手作り | マクロ・関数で自動生成 |
| 複数ファイルの結合 | コピー&ペーストを繰り返す | マクロで一括処理 |
| データの分割 | 手作業で切り分け | 区切り位置・関数 |
活用法1:関数式を書いてもらう
効果的な聞き方
AIに関数を書いてもらう際は、データの構造を具体的に伝えることが精度を左右します。
良くない聞き方
Excelで検索する関数を教えてください。
良い聞き方
Excelの数式を作ってください。
【シート構成】
・シート「売上」:A列=日付、B列=商品コード、C列=数量、D列=単価
・シート「商品マスタ」:A列=商品コード、B列=商品名、C列=カテゴリ
【やりたいこと】
シート「売上」のE列に、商品コードに対応する商品名を表示したい。
該当がない場合は「未登録」と表示したい。
【条件】
・Microsoft 365を使用(新しい関数も使用可)
・E2セルに入れる式を教えてください
このように、列構成・やりたいこと・エラー時の扱い・使用環境を伝えると、そのまま使える式が得られます。
バージョンを必ず伝える
Excelのバージョンによって使える関数が異なります。
| 関数 | 利用可能な環境 |
|---|---|
| VLOOKUP | ほぼすべてのバージョン |
| XLOOKUP | Microsoft 365、Excel 2021以降 |
| FILTER、UNIQUE、SORT | Microsoft 365、Excel 2021以降 |
| LET、LAMBDA | Microsoft 365 |
| TEXTSPLIT、TEXTJOIN | バージョンにより異なる |
「Excel 2019を使っています」と伝えないと、使えない関数を提案されることがあります。
数式の意味を説明してもらう
得られた式をそのまま貼り付けるだけでは、後で修正できません。次のように依頼してください。
上記の数式について、各部分が何をしているかを初心者向けに説明してください。
説明を読むことで、次回は自分で応用できるようになります。AIを「答えを出す道具」ではなく「教えてくれる相手」として使うのがコツです。
エラーの原因を聞く
数式がエラーになった場合も、そのまま相談できます。
以下の数式で #REF! エラーが出ます。原因と修正方法を教えてください。
(数式を貼り付け)
エラーメッセージの意味を調べる時間が不要になります。
活用法2:マクロ(VBA)を書いてもらう
マクロが有効な場面
関数では対応しきれない、次のような作業はマクロが適しています。
- 複数のファイルを開いてデータを結合する
- 条件に応じてシートを分割・作成する
- 決まった形式の帳票を自動生成する
- 特定のフォルダ内の全ファイルに同じ処理を行う
- 印刷・PDF出力を一括で行う
依頼の書き方
マクロを依頼する際は、処理の流れを箇条書きで示すのが効果的です。
プロンプトの例
Excel VBAのマクロを作成してください。
【前提】
・「元データ」シートに、A列=部署名、B列=氏名、C列=金額 のデータが入っている
・1行目は見出し、2行目からデータ
・データ件数は毎回変わる
【やりたい処理】
1. 部署名ごとに新しいシートを作成する
2. 各シートに、その部署のデータだけを転記する(見出し行も含む)
3. 既に同名のシートがある場合は、内容を上書きする
4. 処理が終わったら「完了」とメッセージを表示する
【条件】
・初心者にも分かるようコメントを入れてください
・エラーが起きにくい書き方にしてください
実行前に必ずバックアップを取る
マクロは元に戻す(Ctrl+Z)ができません。実行前に必ずファイルのコピーを取ってください。
- 元のファイルを複製し、コピー側で試す
- テスト用の少量データで動作を確認する
- 問題がなければ本番データに適用する
この手順を省略して、データが失われる事故は実際に起きています。
マクロの内容を理解してから使う
生成されたコードをそのまま実行するのは危険です。少なくとも次を確認してください。
- ファイルを削除する処理が含まれていないか
- 保存先のパスが意図したものか
- 上書きされるシート・セルの範囲は正しいか
理解できない部分があれば、AIに説明を求めてください。
このマクロの各行が何をしているか、1行ずつ説明してください。
特に、データが失われる可能性のある処理があれば教えてください。
マクロが使えない環境への対応
セキュリティポリシーによってマクロが禁止されている職場もあります。その場合は、次の代替手段を検討してください。
- Power Query(データの取得と変換)
- Office スクリプト(Excel on the web)
- Power Automate(複数アプリをまたぐ自動化)
- 関数の組み合わせによる処理
これらもAIに相談すれば、手順やコードを提示してもらえます。
活用法3:データの整形・クレンジング
表記ゆれの統一
実務でよくあるのが、表記の不統一です。
- 「株式会社ABC」「(株)ABC」「㈱ABC」
- 「東京都千代田区」「東京都 千代田区」
- 全角と半角の数字が混在
こうしたデータの整形も、AIに相談できます。
Excelで以下の表記ゆれを統一したいです。方法を教えてください。
・「株式会社」「(株)」「㈱」が混在している → すべて「株式会社」に統一
・会社名の前後に余計なスペースが入っている → 削除
・全角数字と半角数字が混在 → 半角に統一
A列に会社名が入っています。B列に整形後の値を出す数式を教えてください。
データの分割・結合
「氏名」列を「姓」と「名」に分ける、住所から都道府県だけを抽出する——といった処理も、AIに聞けば数式または手順が得られます。
重複・エラーの検出
- 重複しているデータを見つける
- 空欄がある行を抽出する
- 日付として認識されていないセルを見つける
- 数値のはずが文字列になっているセルを見つける
これらのチェック方法も、目的を伝えれば具体的な手順が返ってきます。
活用法4:集計とレポート作成
ピボットテーブルの設計を相談する
ピボットテーブルは強力な機能ですが、どの項目を行・列・値に配置すべきか迷いがちです。
以下のデータから、月別・部署別の経費合計を集計したいです。
ピボットテーブルの設定方法を、行・列・値のどこに何を配置するか含めて教えてください。
【データ】
A列=日付、B列=部署、C列=科目、D列=金額
グラフの選び方を相談する
「このデータを見せるにはどのグラフが適切か」も相談できます。
- 時系列の推移 → 折れ線グラフ
- 構成比 → 円グラフまたは積み上げ棒グラフ
- 項目間の比較 → 横棒グラフ
- 2つの指標の関係 → 散布図
意図を伝えれば、適切な選択と作成手順が得られます。
条件付き書式の設定
「目標未達のセルを赤く塗る」「上位10件を強調する」といった条件付き書式も、設定手順を教えてもらえます。
導入時の注意点
データをAIに貼り付けてよいか確認する
最も重要な注意点です。実際のデータをAIに入力する際は、情報の取り扱いに注意してください。
- 顧客名、個人情報、取引金額を含むデータの入力可否
- 利用しているAIサービスの契約形態(入力データが学習に使われるか)
- 社内のAI利用ガイドラインの内容
安全な運用としては、データそのものではなく「データの構造」だけを伝える方法があります。
A列に顧客名、B列に取引日、C列に金額が入っています(データ自体は機密のため記載しません)。
この構造で、顧客ごとの年間取引額を集計する数式を教えてください。
構造だけ伝えれば、多くの場合これで十分な回答が得られます。
生成された数式は必ず検証する
AIが提示する数式やコードが常に正しいとは限りません。次の検証を行ってください。
- 少量のテストデータで結果を確認する
- 手計算できる範囲で、手作業の結果と照合する
- 極端な値(空欄、ゼロ、非常に大きい数)でも動くか試す
特に金額の計算では、検証を省略しないでください。
「動けばよい」で終わらせない
生成されたコードは、動作しても最適とは限りません。可能であれば次も確認してください。
- データ件数が増えても処理が遅くならないか
- 他の人が見て理解できる内容か
- 保守(後日の修正)ができる構造か
社内で共有する
作成した数式やマクロは、個人のファイルに留めず社内で共有してください。
- 共有フォルダに「業務効率化テンプレート」を用意する
- 使用したプロンプトもあわせて保存する
- 誰が作ったか、何をするものかを記載する
プロンプトを残しておくと、要件が変わったときに再生成できます。
導入事例:社員24名の建材商社が月54時間の作業を削減
ある建材商社では、営業事務3名が日常的にExcel作業を行っていました。特に負荷が高かったのが、次の3つの作業です。
- 販売管理システムから出力したデータと、仕入先からのExcelを照合する作業(月20時間)
- 得意先ごとの月次売上表を手作業で作成する作業(月18時間)
- 複数の営業担当から送られてくるExcelを1つにまとめる作業(月16時間)
いずれも「関数やマクロを使えば速くなる」と分かっていましたが、書ける人が社内におらず、外注する予算もありませんでした。
同社が実施したのは次の3点です。
- 生成AIの法人向けプランを契約し、データを入力しない運用ルールを策定(構造だけ伝える)
- 事務担当3名に2時間の勉強会を実施し、プロンプトの書き方を共有
- 作成した数式・マクロと、使用したプロンプトを共有フォルダに蓄積
3ヶ月後、上記3作業の合計時間は月54時間から12時間へ短縮されました。削減率は78%です。
同社の管理部長は「驚いたのは、事務担当が『次はこの作業も自動化できないか』と自分から言い出すようになったこと。できることが分かると、探し始める」と話しています。
実践チェックリスト
- 毎月繰り返している定型のExcel作業を洗い出した
- それぞれの所要時間を記録した
- 利用するAIサービスの契約形態とデータの取り扱いを確認した
- 実データを入力せず「構造だけ伝える」運用ルールを決めた
- 使用しているExcelのバージョンを確認した
- 最も時間のかかっている作業から1つ選び、AIに相談した
- 得られた数式について、意味の説明も求めた
- 少量のテストデータで結果を検証した
- マクロを使う場合、実行前にファイルのコピーを取った
- マクロのコードに削除・上書き処理がないか確認した
- 作成した数式・マクロを共有フォルダに保存した
- 使用したプロンプトもあわせて保存した
- 社内で2時間程度の勉強会を実施した
よくある質問(FAQ)
Q1:プログラミングの知識がまったくありませんが、大丈夫ですか?
数式やマクロを「読める」必要はありますが、「書ける」必要はありません。ただし、生成されたものを検証する姿勢は必要です。少量のデータで試し、結果が正しいかを確認する——この習慣があれば、知識がなくても実用的に使えます。
Q2:社外のAIサービスに業務データを入れるのが不安です。
データ自体を入力せず、列の構成とやりたいことだけを伝えれば、多くの場合十分な回答が得られます。どうしてもサンプルデータが必要な場合は、架空の値に置き換えてください。また、Microsoft 365 に含まれるAI機能など、既存の契約範囲内で使える選択肢も検討する価値があります。
Q3:マクロを実行したらデータが消えました。
残念ながら、マクロの操作は元に戻せません。だからこそ、実行前のバックアップが不可欠です。今後は「コピーしたファイルで試す→問題なければ本番に適用」の手順を徹底してください。
Q4:AIが提示した数式が動きません。
エラーメッセージをそのままAIに伝え、修正を依頼してください。あわせて、Excelのバージョン、実際のデータの構造(列の位置、見出しの有無)を正確に伝えると、精度が上がります。数回のやりとりで解決することがほとんどです。
まとめ:「知らないから使えない」がなくなった
生成AIによって、Excelの活用における最大の障壁だった「機能を知らないと探せない」問題が解消されました。最後に本記事の要点を整理します。
- やりたいことを日本語で説明すれば、関数式もマクロも得られる
- 依頼時は「列構成・やりたいこと・エラー時の扱い・Excelのバージョン」を伝える
- 得られた数式は、意味の説明もあわせて求めると次回に応用できる
- マクロは元に戻せない。実行前に必ずファイルのコピーを取る
- 生成されたコードに削除・上書き処理がないか確認してから実行する
- 表記ゆれの統一、データの分割、重複検出などの整形作業にも有効
- 実データを入力せず「データの構造だけ伝える」運用が安全
- 生成された数式は、少量データで必ず検証する
- 作成した数式・マクロとプロンプトを社内で共有し、資産にする
まずは、毎月繰り返している作業を1つ選び、「この作業を自動化したい」とAIに相談してみてください。2時間かかっていた作業が10分になる——という経験を1度すれば、他の作業にも自然と広がります。
